明日は本格的に雪が降るとかで、都心でも積雪が見込まれている。三連休の初日となるが、逆に通勤時の交通の混乱が避けられる点では良いのかもしれない。さらに連休最終日の月曜日も積雪とか。恵方巻だのバレンタインチョコだのと春を前に浮かれているが、まだまだ冬はこれからである。
まだフィルムの性能が劣っていた江戸末期だか明治の初め頃だか、写される側は何分もじっとしていなければ写真に写らなかった。フィルムの感度が低く、レンズが暗く、長時間露光に頼らざるを得なかったのであろう。それがフィルムの感度の上昇とともに解消され、高校生の頃に使っていたTRY-Xは確かASA400だったような。それを現像で増感し、ASA1600とか言っていたような気がする。もちろん当時は白黒が主流で、カラーは高校生が日常に使用するには高価だったし、何よりも自分でフィルムも印画紙も現像出来なかったので選択肢は白黒しかなかった。
フィルムの時代が終わり、デジタルになるとフィルムの感度に相当するISOで51200なんてのは一般向けのカメラでも当たり前になっている。粒子が荒れようと何も写らないよりも何かが写っていた方が遥かに良いので、報道関係が使うカメラはさらに高感度の撮影が可能となっている。護送される容疑者の顔とか、パパラッチの盗撮には高感度は必要かもしれない。
一方で一般向けのカメラの高感度撮影は何処で使われているのか。折角高感度が用意されていても、天文ファンとかスポーツファンを除けば、ISO200からISO1600の範囲で撮影している連中ばかりではないだろうか。今年の新年会が行われた店の個室は写真撮影には暗く、カメラ任せで撮影したら何とISO12800で撮影されていた。人物が動いて被写体ブレになるのを避けたかったので、シャッターは1/100にしていたが、スローにしてもISO3200が精一杯だし、顔が動いていて何が写っているか分からないような写真になっていただろう。高感度は粒子が粗いなんてのは当たり前で、銀塩の頃に比べればまだマシである。さらに最近ではカメラ内で高感度撮影時の粒子の荒れを補正してくれるので、rawで処理するよりもjpegの方が良い場合も少なくない。
全紙に焼くような場合は別として、ネットに掲載しる程度であればISO12600でも十分である。折角備わっている高感度をもっと使って欲しいものだ。
今日の一枚は信号待ちの観光客である。傾いた西日がしっかりと当たり人物が輝き、撮影には最適な頃である。そして何よりも歩を止める人、歩を進めている人が同時に写っていることである。静止画は静止した物を撮影するものと勘違いしている人も少なくないが、動いている物をブレずに撮影する方が自然である。とっさにカメラを構えると同時にシャッターを押すので、カメラは撮影時にはまだ動いている。これを考慮してシャッター速度は出来るだけ速くし、カメラブレ、被写体ブレを無くすのがストリートフォトの基本である。意識して動きを強調するために、スローシャッターで撮影するのはまた別の話である。
じっくり構えて構図を決めて、シャッターを押す頃には撮影を意識されてしまうし、下手すれば文句の一つも言われるかもしれない。サッと構えてサッと写して、何事も無かったかの如く人混みに紛れるのが美しい。
|